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仙台高等裁判所 昭和51年(う)220号 判決 1980年1月24日

主文

原判決を破棄する。

被告人阿部郁治、同石川稔、同五十嵐善三を懲役三月に各処する。但し右被告人三名に対し、この裁判確定の日から一年間右各刑の執行を猶予する。

原審及び当審における訴訟費用は右被告人三名の連帯負担とする。

理由

<前略>

控訴趣意第一の一(事実誤認)について

所論は、本件ビラ貼りの所為は、本件建物の重要部分の本来的効用を著しく阻害したことは極めて明白であり、これを否定した原判決の判断は事実を誤認したものであつて、その誤りが判決に影響を及ぼすものであることは明らかである、というものである。

そこで検討するに、関係証拠によれば、被告人三名が後記のとおり、全国電気通信労働組合(以下全電通労組という。)の組合員約二〇〇名と共に日本電信電話公社東北電気通信局長瀬谷信之管理にかかる東北電々ビル(本件建物)の一部である一階及び地下食堂のドライエリアに面した部分などに合計五、五〇一枚のビラを糊で貼り付けた外形事実が認められる。このビラ貼りにより、建物の本来的効用が著しく滅失又は減損されたか否かにつき、当裁判所は次のとおり判断する。

1  アルミ製ブラインド(以下サンコントロールともいう。)の設置された部分の窓ガラスに対するビラ貼りについて

所論は、本件建物に設置されたサンコントロールは、窓ガラスの効用を減殺するものではないから、サンコントロールの設置された部分の窓ガラスにビラが貼られたことにより、採光及び見通しという建物の本来的効用が著しく減損された、と主張する。

<証拠>によつて検討すると、本件建物の一階部分に設置されたアルミ製ブラインドは、神鋼ノースロップ株式会社製のサンコントロールといわれる日よけであり、サンコントロールは、窓にあたる太陽の直射光線を遮断しつつ適度の採光を保ち、室内の照度分布を均一化させるためにつくられたアルミニューム合金製ルーバーパネルであつて、これを取付けることにより採光の照度がかなり減殺されることは否定できないことが認められる。例えば、室内の窓から遠い奥のA点(昼光率五%)と窓付近のB点(昼光率二〇%、但し、直射光によるB点の照度は窓ガラスの影響により0.6になると仮定する。)について測定すると次のようになる。

曇天時

晴天時

野外水平面

一五、〇〇〇

一〇〇、〇〇〇

サンコントロールを

設けない場合

A点

七五〇

七五〇

B点

三、〇〇〇

五四、〇〇〇

サンコントロールを

設けた場合

A点

七五

三五〇

B点

三〇〇

一、四〇〇

(数字はルックス、なお、室内照度=野外水平照度×昼光率×透過率)

更に、本件建物における室内の事務に支障のない明るさは、夜間でも四〇〇ルックス(設計照度)とされ、また本件建物の一階事務室の採光は日中でも人工照明に頼つていたことが認められる。

もつとも建築基準法二八条一項は、住宅、学校、病院等の居室には採光のための窓その他の開口部を設けることを義務づけ、室内を人工照明のみならず自然光線との組合わせにより精神衛生面における良好な状態を保とうしていることがうかがわれるけれども、本件建物の一階事務室等は、右のような居室とは異るし、また、ビラ貼りによつて採光が全く遮断されるほどのものではなかつたと認められる。そうするとサンコントロールの設置された部分は、これによつてかなり採光が妨げられているといえるから、この部分のガラス窓に対するビラ貼りにより、若干採光が損われたとしても、事務に著しい支障をもたらしたとはいえない。

次に見通し状況がどの程度阻害されるかについて検討するに、前掲証拠によれば、サンコントロールを取付けたことにより、室内から窓の外側を眺めるとき、透けて見える部分の水平方向の視界は四二%であり、よろい戸状に固定されたブレードの隙間から外部を見通すことになることが認められ、その設置自体によつて、ビラが貼られていなくとも視野がかなり妨げられることは否定できない。そうするとこの部分のガラス窓に対するビラ貼りにより、見通しが著しく阻害されたということもできない。

以上のとおりで右主張は採用できない。

2  南側玄関入口及びその付近の窓ガラスに対するビラ貼りについて

所論は、南側玄関入口及びその付近の窓ガラスにビラが貼られたことにより、庁務事務室からの玄関外側部分に対する守衛の監視業務の遂行が不可能な状態となつたばかりでなく、玄関ホールの採光が著しく阻害され、その本来的効用は殆ど失われるに至つた、と主張する。

しかし、<証拠>を合せ検討すると、南側玄関西側入口ドア及びその上窓ガラス、同玄関東側入口ドア及びその上窓ガラスには多数のビラが略一面に貼られ、そのため玄関内部から外部への見通しが妨げられ、外部からの採光も若干損なわれていたこと、庁務事務室内窓口においては守衛が受付、案内、監視などの業務を行つており、右の窓口から風除室、南側玄関ドアのガラス扉を通じ、玄関出入口を監視することができ、ガラス扉を通して戸外をも見通すことができること、が認められるが、他方、守衛の監視業務は庁外の巡視と庁内の監視とにわかれ、庁務事務室の窓口を通して行う監視は、主として玄関より入つて来る人の監視、案内等を主な目的とするものであることが認められる。そうすると、右のガラス扉にビラが貼られて外側が見えなくなつたからといつて、守衛の右の庁内監視業務に著しい支障をもたらしたとはいえない。また、当時玄関内ホールには電灯が点灯され、昼間でも内部は人工照明が完全に行われていたと認められるから、右ビラ貼りにより、採光が著しく妨げられたものともいえない。

以上のとおりで右主張は採用できない。

3  展示コーナーの窓ガラスに対するビラ貼りについて

所論は、展示コーナーの窓ガラスにビラが貼られたことにより、内部に陳列されている電話機器の新製品等を外部一般に展示しようとする同コーナーのPR機能が著しく阻害されたと、主張する。

そこで検討するに、<証拠>によつて検討すると、本件建物の南側玄関西側窓ガラス(三区画の上下)にも多数のビラが貼り付けられたため、戸外の通行者から庁舎南側の西南角のウインドウを通じて展示コーナーの内部を見ることができなくなつたことが認められる。しかし、他方、右展示コーナーは、ショウウインドウのように電話機器の製品を外部に向けて陳列するものではなく、玄関より右コーナーに入つて内部から右製品を眺めるように設計されていることが認められる。そうすると右ビラ貼りにより、展示コーナーが外側の通路から見えなくなつたとしても、その機能が著しく阻害されたということはできない。従つて右主張は採用できない。

4  地階食堂の引違いガラス扉等に対するビラ貼りについて

所論は、(一)右ガラス扉は通常の取り外し可能な建具ではなく、建造物の構成部分であるのに、原判決がこれを右のような建具と認めてこれが建造物を構成するものでないと判断したことは誤りであり、(二)右ビラ貼りにより、同食堂の採光及び食堂内からガラス扉を通して築庭を観賞するという建物の本来的効用が滅失させられた、と主張する。

そこで検討するに、原審記録によると、本件建物北側の地下食堂の引違いガラスランマ及び嵌殺しガラス両袖付きのアルミ製二連式引違いガラス扉に七三四枚のビラが一面に貼り付けられたことが明らかである。右記録に<証拠>を合わせ検討すると、地下食堂と北側ドライエリアとの境は、一メートル角のコンクリートの柱五本によつて四つに区切られ、それぞれに二連式引違いガラス扉(嵌殺しガラスランマ及び嵌殺しガラス両袖付き)四枚が取付けられていること、嵌殺し部分を除く引違いガラス扉一枚の大きさは、高さ2.13メートル、幅1.34メートル、扉枠の厚さ0.036メートルであること、扉ガラスの厚さは七〜八ミリメートルあり、鴨居部分にはプラスチック製のストッパーが当てられ、それがビス(ピース)で固定されていること、その取り外しには、成人男子二人が市販されているプラスドライバーを用いてビスを外し、ガラス扉一枚を約一分間で取り外すことができ、専門職人の手をわずらわせるまでもないが、ストッパーの所在が分らないと通常は容易に取り外すことができないことが認められる。所論は、右ガラス扉は専門家が専門知識に基づいて特殊の道具を使用し、時間をかけなければ取り外し不可能なものである、と主張するが、この主張はにわかに採りがたい。しかし、右ガラス扉は取り外しの容易な日本家屋の障子、ふすま、雨戸の類とは異なり、器具で固定されていてその取り外しは自在なものではないから、結局右ガラス扉は建造物の構成部分をなすものと解するのが相当である。従つて、原判決が「右ガラス扉自体は通常の取外し可能な建具と推認され、建造物を構成する部分ではない。」と判断したことは、妥当ではない。

しかしながら右証拠によれば、ドライエリアの設計が地下食堂にも自然の明りをとり入れ、ドライエリア(空堀)の中に樹木を配するなど観賞をはかることを目的として設計されたものと認められるが、地下食堂の中より奥(南側)は人工照明が必要不可欠であり、食堂全体の規模からみて、室内の採光は人工照明を主としていることが明らかであること、ドライエリアの庭は僅かな細長い空間を利用した植込みにすぎず、もともと日本式庭園のような観賞専用の庭ではないと認められる。そうすると、右ビラ貼りにより、室内の採光ないし築庭の観賞という建物の本来的効用が著しく阻害されたとはいえない。

以上のとおりで右主張も採用できない。

5  原状回復の困難性について

所論は、ビラはがし作業については、建造物に物質的な毀損を与えないように行うことが非常に困雑であつたから、本件ビラ貼りは、建物の物質的毀損に準じたものと評価できると主張する。

関係証拠によれば、原判決も認定するように、ビラの剥離、清掃等の原状回復作業は、東北電通局からこれを請負つた日本オイラービルサービス株式会社が延べ人員四八名、経費八万七、八五〇円で四日間を要し(この中には別棟の事務近代化準備庁舎、建造物でない花壇のコンクリート壁や地面等に貼られたビラはがし作業分も含まれる。)、全く傷跡を残すことなく仕上げたこと、ガラス部分の作業は表面が滑らかで比較的容易であつたが、本件建物外の花壇や地面のコンクリート部分の剥離作業は、その表面が粗いため困難であつたこと等が認められる。そうすると、本件建物自体については原状回復も比較的容易に行われていた旨の原判決の説示も不当とはいえず、右ビラ貼りにより、本件建物が物質的に毀損されたとまでは評価しがたい。従つて右主張は採用できない。

以上のとおりで、本件ビラ貼りにより、所論の主張する本件建物の本来的効用が著しく損われたとは認められない。原判決には所論の指摘する事実誤認はないから、論旨は理由がない。

控訴趣意第一の二(事実誤認)及び第二の一(法令適用の誤り)について

所論は、本件ビラ貼りにより、新築後間もない東北電々ビルの保有する美観が著しく侵害、減損されたことは極めて明白であるのに、原判決はこれを否定した点において判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認があるのみならず、ビラ貼りによる建造物損壊罪が成立するには、その建造物が社会通念上一般に保有すべきものと解せられる一定の美観を著しく侵害、減損したことで足りるのに、原判決はこれを「建造物の本来的機能、目的に沿う利用が阻害されたと同様に評価できる場合」というような不当な価値判断をもつて制限解釈を施した点において、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令適用の誤りがある、と主張する。

そこで、検討するに、刑法二六〇条にいう建造物損壊には、建造物の構成部分又はその一部を有形的、物質的に変更あるいは減損させる場合のみならず、その他の方法によつてその建造物の効用を減損させる場合をも包含し、建造物の美観、威容も建造物の効用の内容に含まれるものと解される。もつとも建造物の美観ないし威容なるものは、建造物の用途、機能、社会的価値等に応じてその比重を異にするものであるから、美観の侵害による建造物損壊罪の成否を判断するにあつては、右の諸点を検討した上美観の侵害の程度に応じて個々的、具体的に判断すべきものと解される。原判決も基本的には右のような説示をしながら、文化財としての価値の高い神社仏閣等の建築物のごとく美観が社会的価値の主要な要素となる建築物と通常の実用建樂物とを区別し、前者は美観の侵害が比較的軽微であつても本罪を構成するが、後者は美観の侵害の程度が建造物の本来的機能、目的に沿う使用、利用が阻害されたと同様に評価できる場合にのみ本罪が成立する旨判示している。しかし、通常の実用建築物においても、美観、威容が社会的価値の主要な要素となり、あるいは比較的重要視されるものから、美観を殆ど問題にしない廃屋同様のものまで様々なものがあると考えられるのであつて、建造物の美観をも建造物損壊罪の保護法益とする以上、右のような建築物の区別をして実用建築物にのみ限定的な解釈を施すべき合理的な理由は見出しがたい。従つて、通常の実用建築物についても、その美観、威容が侵害された場合には、美観以外の建造物の本来的機能、目的に沿う使用価値が阻害されなくとも、その侵害の程度如何により建造物損壊罪が成立し得るものと解するのが相当である。

本件についてこれをみるに、関係証拠によれば、

(1)  本件建造物は、日本電信電話公社東北電気通信局及びその下部機関が業務を行う実用建築物であるが、本件ビラ貼りに間近い昭和四五年一〇月二三日に完成した仙台市内の市街地にある地上八階、地下一階、延べ面積二万二、〇〇〇平方メートルの鉄筋コンクリート製の建物で、建築設計上外観のデザインにも十分配慮が払われ、その形状は概ね箱形であるが、外壁は一階のそれだけが内側に約4.5メートル引つ込んでいて、その部分が回廊状になつており、その空間に階上部分では建物内に収容されている約一メートル角のコンクリート柱が外側線に沿つて約六メートル間隔で並んでいること。

(2)  ビラは、多数の組合員によつて一斉に貼られたもので、縦約37.3センチメートル、横約12.5センチメートル大のものに青色で「地方要求に対し誠意を示せ」の文に「全電通」(白ぬき)と印刷したもの(以下Aという。)、右と同大に赤色で同文に「全電通」(白ぬき)と印刷したもの(以下Bという。)、右と同大に青色で同文の下に「全電通東北地方本部」(白ぬき)と印刷したもの(以下Cという。)、縦約一三センチメートル、横約18.8センチメートル大のものに「不当処分撤回、夏期差別やめろ全電通」と赤及び黒で手書きしたものを更に印刷したもの(以下Dという。)、の四種類で、

イ 一階南側には、正面玄関東側西側入口ドア及び上窓ガラス、玄関西側の窓ガラス三区画の上下、同東側窓ガラス九区画の上下にA、B、C、Dのもの合計一、二六一枚

ロ 一階東側には、通用口ドアのガラス及び上窓ガラス、南側窓ガラス二区画の上下、北側窓ガラス二区画、南側及び北側のタイル張り壁面にA、B、C、Dのもの合計八七八枚

ハ 一階北側には、二か所の通用口ドアガラス及び上窓ガラス、東側西側窓ガラス各五区画、西側窓ガラス五区画ブラインド側面にA、B、C、Dのもの合計一、三九〇枚

ニ 一階西側には、通用口ドアガラス及び上窓外面、通用口ドアガラス内側、郵便休憩室通用口扉、内側電話相談所と公衆室の仕切りガラス、南側窓ガラス外面二区画、北端及び南端のタイル壁の略全域にわたりA、B、C、Dのもの合計一、二三八枚

ホ 北側地下食堂には、通路のドライエリアに面したガラス扉四区画にA、B、Cのもの合計七三四枚

の合計五、五〇一枚が貼られていること、すなわち、ビラは、建物一階の東西南北の四面と地下の一部にわたりぐるりと貼られ、ことに建物の顔ともいうべき玄関や通用口のガガラス扉にはびつしりと集中的に貼りめぐらされ、その他の部分にはやや乱雑に貼られたところがあること。

以上の事実が認められる。右事実に、その原状回復には前示のような日数と費用を要したことを合わせ考えると、本件建物は、電信電話業務に関する一般事務等に使用する実用建築物ではあるが、新築後間もない近代的ビルとして市街地に相応の美観と威容を備えており、これに対し常軌を逸したともいえるほどの大量のビラ貼りにより、その美観と威容が著しく侵害されたものと認められ、被告人らの本件ビラ貼り行為は刑法二六〇条にいう建造物の損壊をもたらしたということができる。

原判決は、「本件ビラの貼付個所は主として本件ビル一階の外壁で、同外壁の総延長の約四六分の二一に当る部分にはアルミ製ブラインドが設置され、この部分では、郵便局、同公衆室部分を除く一九個所でブラインドの陰に入つてガラス窓にビラが貼られたものであるところ、……この部分に貼られたビラは、ブラインドに覆われているため、これに隠れて本件建物の外観にはさしたる影響がないうえ、玄関部分、化粧タイル貼りコンクリート外壁部分に貼られたビラについても、階上部分の張り出しとコンクリート柱とに妨げられ、建物全体としてはそれ程目立つ状態ではなく、また地下食堂のガラス扉部分に貼られたビラが、同建物の構造からしてその外観に殆ど影響がないことは明らかである。」旨判示している。しかし、右判示には、道路上の一定の距離ないし狭い視角からビルを眺めた場合を前提として外観を判断したものといわざるを得ない。本件建物のように公共的な施設で多数の人の出入りが予想されるビルの美観、威容とその侵害状況を判定するにあたつては、その周囲、建物の利用状況などあらゆる角度から検討しなければならないのであつて、前示の本件建物の構造、設置状況、ビラ貼りの規模、態様に徴すると、建物周辺の歩行者や建物に出入りする者にとつては、サンコントロールの設置されている窓ガラスや地下食堂のガラス扉部分に至るまで、ビラ貼りにより外観にかなり影響が生じていることは明らかである。また、原判決は、「本件ビラ貼りが行われたままの本件ビル全体の外観を(南西方向から)写したカラー写真が「建設新聞」一九七一年新春特別増刊号の表紙に掲載され、近代的新建築物として本件建物が紹介されている事実も、客観的にみて本件建物の美観が本件ビラ貼りの所為により何らの影響を受けなかつたことを示す一つの証左と解される。」旨判示している。しかし、この点は所論の指摘するとおり、右写真が相当はなれた高い一定の視点から建物の全景を撮影しているものであるため、一階のビラ貼り部分が殊更小さく見え、また他の建物や柱に妨げられ、写真の上ではさほど外観上の支障がなかつたというにすぎない。従つてこれをもつて原判決のような証左とすることはできない。

以上のとおりであつて、被告人らの本件ビラ貼りの所為につき、建造物損壊罪の成立を否定した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認ないし法令適用の誤りがあるから、論旨は理由がある。

よつて本件控訴は、その余の点を判断するまでもなく理由があるので、刑訴法三九七条一項、三八〇条、三八二条により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書に従い、被告事件について更に判決する。

(罪となるべき事実)

被告人阿部郁治は、全国電気通信労働組合東北地方本部書記長、同石川稔、同五十嵐善三は、同地方本部執行委員であるが、同労働組合員約二〇〇名と共謀のうえ、昭和四五年一二月一日午後二時過ぎころ、仙台市清水小路一〇番地所在の東北電々ビルにおいて、日本電信電話公社東北電気通信局長瀬谷信之管理にかかる右ビル建物の一部である一階の東、西、南、北の側面の出入口のガラス扉、窓ガラス、化粧タイル張りの壁及び地下食堂入口の扉、窓ガラスなどに、「地方要求に対し誠意を示せ、全電通」等と印刷記載された縦約37.3センチメートル、横約12.5センチメートルの青又は赤刷りのビラ又は「不当処分撤回、夏期差別やめろ 全電通」と印刷記載された縦約一三センチメートル横約18.8センチメートルのビラ合計五、五〇一枚を糊で貼り付け、もつて建造物を損壊したものである。

(証拠の標目)<省略>

(法令の適用)

被告人三名の判示所為は、それぞれ刑法六〇条、二六〇条前段に該当するところ、所定刑期の範囲内で被告人三名を懲役三月に各処し、被告人三名につき、情状により同法二五条一項を適用し、本裁判確定の日から一年間右各刑の執行を猶予し、原審及び当審訴訟費用につき、刑訴法一八一条一項本文、一八二条を適用する。

(弁護人らの主張に対する判断)

一弁護人は、本件公訴提起は、全電通労組弾圧の目的に出でた不当のもので、検察官の公訴権の濫用によるものであるから、公訴棄却の判決がなされるべきである旨主張するが、原判決も指摘するように、公訴を提起した検察官に弁護人の主張のごとき組合弾圧の目的があつたことを認めるに足りる証拠はなく、また組合活動としてのビラ貼りについても時には有罪の裁判例も存することが明らかであることや、本件ビラ貼りの規模、態様に徴すると、本件起訴が公訴権を濫用したものということもできない。従つて、右主張は採用できない。

二弁護人は、被告人らはビラ貼りにより建造物の美観を侵害して建造物を損壊したとの認識を有していなかつたから、建造物損壊罪の故意を欠く、と主張する。

ビラ貼りにより建造物の美観が著しく侵害され、建造物損壊罪の成立が問われる場合には、美観の侵害が建造物の損壊をもたらす程度のものであるか否かは客観的に判断されることがらであり、行為者の主観によるものではない。従つて右の場合における損壊罪の故意が成立するためには、行為者が当該ビラ貼りにより建造物の美観、威容が損われたことの認識があれば十分であり、本件においては被告人らは少なくともこの程度の認識を有していたと認められ、美観の侵害が損壊罪を構成するのに、これを構成しないと誤信したことは法の不知にすぎず、特段の事情のない限り故意を阻却するものではないと解される。従つて右主張は採用できない。

三弁護人は、「公社当局は、緊急な解決を迫られている組合側の五項目要求をめぐる団体交渉において、誠意ある態度を示さず、労使間の慣行とされていた集団交渉を一方的に拒否し、局舎を閉鎖するという著しく常軌を逸した暴挙に出たもので、これらの措置は団体交渉拒否の不当労働行為にあたる。本件ビラ貼りは、この異常かつ緊急な局面を打開するため、公社当局に対してやむを得ず行つた示威ないし抗議行動による闘争手段であつて、その目的は正当であり、正当な組合活動の範囲内において行われ、かつ社会的に相当なものとして許容されるべき行為であるから、労働組合法一条二項、刑法三五条により違法性がない。」と主張する。

そこで検討するに、関係証拠によると次の事実が認められる。

(1)  全電通労組は、公社が昭和四五年八月二八日組合側に提示した電信電話拡充五ケ年計画に対し、合理化反対を中心とする右計画反対の運動を展開し、公社において団体交渉(中央交渉)をなしていたが進展がみられず、このため同年一一月二九日全電通労組中央執行委員会はこの状況を打開するため、地方本部書記長会議を開いて地方段階での闘争方針を協議し、更に同月二四日から一二月一日までを中央交渉を支えるための全国統一行動期間とし、集団交渉、すわり込み、庁内デモ、ビラ貼り等の底辺の大衆行動を展開することを決議し、同月二一日各地方組織に対し、右趣旨の指令第一号を発したこと。

(2)  全電通労組東北地方本部(以下東北本部という。)は、同年一一月七日電信電話公社東北電気通信局長瀬谷信之宛に、全電通東北第四三号をもつて五項目の地方要求を内容とする要求書を提出し、同月一六日までに文書による回答を求めたこと。なお右五項目要求は、1定期人事異動にともなう欠過員調整及び組織整備にともなう配置転換について、2任用にあたつて遵守すべき事項、3合理化事前説明ルールについて、4キーパンチャー及び電信電話運用従事者等で手指を中心とした疾病に罹病したのについての措置、5勤務時間中における業務関連災害が発生した場合の措置、を骨子としたものであること。

(3)  同局長は同月一六日地方要求に対する回答を行つたが、組合側はこれに納得せず、そのため右四三号要求を含む各議題について、同月一六日、一七日、一八日、一九日、二〇日、二一日、二五日、二六日、二八日に正規の団体交渉が行われたが合意には至らなかつたこと。

(4)  東北地方執行委員会は、地方交渉が思うように進展しないため、これを当局側の不誠実さによるものと断じ、局面打開策として同月二六日と一二月一日とを中央本部からの前記指令とからめた統一行動日と定めるとともに、当局側に対し、団体交渉とは別個に地方交渉における組合側要求を貫徹するための「集団交渉」を持つべく、東北地本傘下の約一〇〇の分会の代表者による会議を招集することを決定し、同月二四日に開いた拡大支部書記長会議において、右代表者会議の開催を一二月一日とする旨決定したこと。

(5)  当局側は、同年一二月一日に組合員多数が集会するとの情報に基づき、あらかじめ多数の管理職を配し、主要出入口を閉鎖するなどして庁舎を警備していたところ、同日午後零時五〇分ころ、被告人石川、同五十嵐は北側玄関よりビル内に入り、東北電通局職員部労務課長佐藤正一と会見し、当局側において全分会代表者らとの集団交渉に応じるべきである、との申入れを行つたが、同課長に拒否されたこと。

(6)  この経過を右両名から報告された東北地本では、直ちに執行委員会を開いて、当局に対する抗議行動として本件建物に対するビラ貼りを行う旨を決議し、被告人三名を含む組合員らは、かねて準備してあつた糊、刷毛、ビラ、ポリバケツ等を県労評の自動車に積んで前記分会代表者らの集合場所の本件建物南側広場に赴き、同日午後一時三〇分ころ参集した全分会の代表者その他組合役員ら約二〇〇名によつて本件建物の周囲をデモ行進した後、本件ビラ貼りに及んだこと。

以上の事実によると、本件ビラ貼りは、中央執行委員会の指令に基づく大衆行動の一環としてなされた側面はあるものの、主な目的は、組合側の五項目要求に対し当局側が容易に応じないこと、及びその団体交渉を支援、促進させるための集団交渉を当局側が拒否したことに対する組合側の抗議行動ないし団体交渉における組合側への支援行動を貫くこと等にあつたもの、ということができる。

そこで手段の相当性について検討するに、本件ビラ貼りの態様、規模は前示のとおりであり、公社側の施設管理権を侵害し、本件建物の美観を著しく損ねたものであるから、その手段が組合の活動として正当であつたといえるためには、かなり高度な緊急性と必要性が備わつていなければならないものと考えられる。

まず、地方要求に対し、当局側が団体交渉における誠実義務に反し、これを拒否したとみなし得るかどうかについて判断するに、五項目要求に関する団体交渉は、一〇日余りの間に他の議題と併行して九回にわたりくり返され、この間当局側も回答書を出し、交渉において討議を重ねていたことが明らかであり、その要求事項も組合員にとつては切実なもので是非妥結させたい内容のものであつたにせよ、同年一二月一日までに成立させなければならないような緊迫した必要性があつたものとまでは認められない(吉宮庄助の検察官に対する供述調書添付の地方交渉記録書写)。右項目のうち比較的緊急に解決を要するとされるのは4項に関する職員の頸肩腕症候群の件であると思われるが、組合側が重症患者であるとする三名の組合員が東京大学医学部附属病院で初診を受けたのは同年一二月一日で、症状に関する医師の意見書が同月五日付で作成されているという状況であり(医師吉田利男作成の「池田繁美、熊沢久子、佐藤勝子の健康障害の業務上外について」と題する書面写)、同年一一月当時の団体交渉においては、組合側としても右の資料を準備していなかつたことが明らかである。更に一二月一日以降においても、右要求項目について団体交渉がすすめられていたことが記録上明らかであることに徴すると、ビラ貼り以前に団体交渉が妥結せず、組合側が当局側の態度に不満を抱いたとしても、その段階で交渉が行詰りに逢着し、いわゆる交渉決裂の状態に陥つていたとはいえず、また当局側が団体交渉における誠実義務に反し、これを事実上拒否したものと認めがたい。

次に当局側が組合側の集団交渉の申入れを拒否したことが不当労働行為にあたるか否かについて検討するに、関係証拠によると、全電通労組は、これまでにも正規の団体交渉とは別に、本件のような集団交渉を組合員による大衆行動としての闘争手段としていたことが認められ、このような集団交渉は、労働運動における組合の団体行動の自由の範囲内に含まれるということができる。しかし団体交渉とは異なり、当局側に当然に応諾すべき義務があるものとは解されないのみならず、当局側がこれまで集団交渉に常に応諾していたような労使間の慣行が確立されていたものとも認められない。そして団体交渉が決裂状態にあつた訳ではなく、当局側がこれを拒否した事態になかつたことは前示のとおりである以上、当局側が団体交渉を支援するための組合側の集団交渉を拒否したからといつて、これが直ちに不当労働行為にあたるものとは解されない。

以上の状況を勘案すると、当局側が右の集団交渉を拒否したことを直接の機縁としてなされた本件ビラ貼り行為には、これを許容すべきほどの緊急性又は必要性を見出すことができず、正当な組合活動とは認められない。弁護人の違法性阻却の主張は採用できない。

四弁護人は、被告人らの本件ビラ貼り行為は可罰的違法性を欠き、無罪であると主張する。

しかし、本件ビラ貼りの態様、規模は前示のとおりであつてかなり大がかりなものであるばかりでなく、原状回復にも日数と費用を要したもので被害が軽微であつたとはいえない。またその手段は、日常反覆されるようなビラ貼りとは全く異なるものであり、当時の労使関係を考慮しても、前示のとおり違法性が阻却されないほどのものであることにかんがみると、本件ビラ貼り行為が可罰的違法性を欠くものとは解されないから、右主張は採用できない。

よつて主文のとおり判決する。

(中川文彦 小島建彦 清田賢)

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